神が下りた山と、川の中の神社 賀茂別雷神社

通称「上賀茂神社」は正式には「賀茂別雷神社」(かもわけいかづち・じんじゃ)と言います。神話の残る神社ですが、数々の伝統を守りつづけている珍しい神社でもあります。

世界一忙しい神社

賀茂別雷神社では、恒例の祭のみでも年間に70以上あります。一番有名なのは「賀茂祭」(かもさい)、通称は「葵祭」(あおいまつり)。京都三大祭のひとつです。6世紀の欽明天皇時代から1500年も続く伝統ある祭りで、神話にもとづき、葵と桂を飾りつけて行われます。平安時代には単に「祭り」といえば、「賀茂祭」を指していたともいわれるほどです。

雷の神話

神話によれば、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の娘「タマヨリヒメ」が、賀茂川に入って心身を清めるミソギをしているときに、一本の矢を見つけます。不思議な縁を感じて持ち帰り、それを床において寝たところ、矢の力で懐妊します。矢の力でできた子なので父親がわかりません。両親は喜んで、神々を集めて祝宴を催しますが、子供に「お前の父親だと思う人のところに行け」というと、子供は雷鳴とともに天に昇ってしまったということです。

父親は天にいる神だったということです。タマヨリヒメは突然わが子を失い悲しんで、もう一度会いたいと願います。すると、枕元に別雷神が現れ、「葵と桂のカズラで飾り、馬に鈴をつけてかけさせて祭りをして待っていてくれたら行く」と言ってくれました。言葉の通りに従うと、神社の北にある秀峰神山の頂上に別雷神が降り立ちます。

それ以来、神社は毎日神山に向かって国の安泰と五穀豊穣、人々の幸せを祈り続けています。この神社では、毎日が小さな祭の連続です。神山は1500年以上にわたり、毎日祈られ続けてきた山ということになります。「葵」は「あふひ」と読み、めぐりあうという意味がありました。神とめぐりあうという意味です。

神社をめぐる川

御手洗川と御物忌川の二つの川が境内を流れ、その合流地点の中洲に神社の本殿が建っています。川はいずれも身を清めるためのものです。神の前に出るためには必ず川をわたり、身を清めていくことになります。百人一首の藤原家隆の歌「風そよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける」は、この神社での様子をうたったものです。

川での神話がもとでうまれた数々の神事。1500年間にわたり一日も欠かさず続けられてきたことに、神がかりを感じる人は多いでしょう。めぐる川、神山、神社が一体となった自然と祭りは、世界一のものでしょう。