驚異の都市システムを完成させていた『江戸』

今から200年前、19世紀初頭に世界で最も人口が多い都市だったのは、100万人以上の人間が暮らしていた『江戸』だったという記録があります。江戸は、人口ナンバーワンというだけではなく、多くの長所を持つ理想的な都市でした。

世界一の水道設備

江戸は当時、世界最先端の水道設備を持っていました。神田上水、玉川上水など6上水が整備され、一般庶民でも水に困ることのない生活を送っていました。

水質の維持のため、江戸市中では地中に埋めた"暗きょ"を通し、できるだけきれいな状態で水を汲めるよう考えられていました。よく時代劇で見る井戸は、地中に埋められた水道から水をくみ上げるために設置されたものです。

当時、庶民がいつでも清潔な水を飲める都会は江戸だけだったようです。最も栄えた都であったロンドン、パリともに水の確保には苦労していました。

パリでは水売りから水を買うのが一般的でしたし、ロンドンも大規模な水道工事を行ったものの、水量の不足に悩まされ続けていて、使用日や使用時間を制限するなど、苦しい策を行っていたようです。

清潔な都市

100万の人が生活する江戸では、当然ながら排泄される糞尿の量も莫大なものになります。ここに、江戸の偉大な生活の知恵が隠れているのです。

この大量の糞尿は、近隣の農家が買い取り、堆肥とするシステムが構築されていていました。長屋を持つ大家にとっては、これが貴重な収入源となっていましたので、どんな長屋にも共用のトイレがあるのは当たり前でした。

同時代のロンドン、パリでは『おまる』で用便を行っていました。中身を廃棄場所へ持って行く手間を惜しみ、道路に投げ捨てる不届き者が後を絶たず、道路には大量の糞があふれていたそうですので、その違いは歴然です。

また、この糞尿から作られる堆肥はとても優秀で、近郊の農家では作物を豊かに実らせることができ、作物は大消費地である江戸へと運ばれていきました。このため江戸では、大都会には珍しく新鮮な野菜を食べることができていたのです。

また、水資源に困らない環境のせいか、江戸では毎日、風呂につかる習慣がありました。江戸の人々が清潔で、街も美しく維持されていたことは、当時、外国から訪れた宣教師などを驚かせたようで、多くの記録が残っています。

平和な都市

徳川家康が江戸に幕府を開設し、豊臣勢を完全に封じてから幕末まで、実に220年もの間、日本は戦争を行っていません。これは、歴史的に見て最も長い記録となっています。

戦争を始める原因の一つとして、自国にない資源や領土を求めるというものがあります。最近の研究では、江戸時代は大都市の江戸を初め、国内では比較的高い水準の生活ができていたのではないかと考えられています。戦争を仕掛けるというリスクを背負ってまで、得たいと思う物もなかったのかもしれません。

江戸市内の治安について見ると、大都市でありながら犯罪の発生率は驚くほど低かったようです。

当時の警察官である同心のうち、江戸市中の見回りを職務とするものは30人にも満たなかったそうですが、その手下の岡っ引きを入れても100名程度、この人数で100万人の治安を維持していたわけですから、現在では考えられない平和な世の中だった事がうかがえます。

時代劇の影響か、現代人は江戸時代を暗黒の時代と捉えがちですが、実はさまざまな点で理想的な都市でした。クリーンで完全循環型のエコ都市を実現し、世界一の人口を持つまでに発展した江戸には、現代人も参考にできる多くの知恵が詰まっているのかもしれません。